ちいさく始めるサービスデザイン -概要とその考え方-
本記事はAsiaQuest Advent Calendarの9日目です。
目次
はじめに
サービスデザイン課の花井です。
今年、新しい課を発足したのですが、その名前にもなっているサービスデザインについて紹介します。
まだ言葉としてはあまり認知されておらず、「サービスをデザインするということですか?」と聞かれることがあります。 大枠の意味としては正解ですが、今回はもう少しだけサービスデザインという考え方を深掘りしてお伝えします。
この記事を読むことで
- サービスデザインって何?
- サービスデザインってどんなことができるの?
- サービスデザインはビジネスのどういった点で役に立つの?
をお伝えできればと思います。
サービスデザインの基本原則
まずはサービスデザインについての基本概念と原則について説明します。
この分野がどのように生まれ、利用されてきたのかを知ることで考え方の全体感が理解できます。
基本概念
経済産業省が2020年に作成した資料では「サービスデザイン」を以下の様に定義しています。
顧客体験のみならず、顧客体験を継続的に実現するための組織と仕組みをデザインすることで新たな価値を創出するための⽅法論
引用元:我が国におけるサービスデザインの効果的な導入及び実践の 在り方に関する調査研究報告書
顧客体験(UserExperience)だけではなく、それを継続的に実現する組織や仕組みについても考えることが特徴です。
例えば演劇では、舞台上(フロントステージ)だけでなく舞台裏(バックステージ)と共同で作りあげることによって観客に素晴らしい体験を届けています。
こうしたフロントステージとバックステージをともにデザインすることがサービスデザインの考え方の根幹となっています。
3つの原則
Service Design Network(以下、SDN)の日本支部が2019年に以下を原則としてまとめています。
- 顧客中心の方法論
- 共創する方法論
- ホリスティック(包括的)な方法論
「二つのカフェが並んでいるとしよう。二つとも同じ値段で同じコーヒーを売っているが、あなたはそのどちらかを選び、何度も足を運び、友達に紹介するだろう。この差をつくるのがサービスデザインである」(Fonteijin, 31Volts)
- 顧客中心の方法論 上記のカフェの例からすると、顧客がコーヒーを飲む前、飲んでいる間、そしてその後を段階に分けてどのような体験をしているのかを調べるところから始まります。そして「カスタマー ジャーニー」を用いてどこを改善すると魅力的なサービスになるのかを探ります。
- 共創する方法論 次に、サービスを提供している人たちを巻き込みます。現場のスタッフが業務で感じていることや創業者の想い、マーケティング部の思惑やサプライヤーの体験をワークショップ等通して聞き解決策を考えます。それを元にコンセプトや試作を練り上げ、顧客からフィードバックをもらいます。
- ホリスティック(包括的)な方法論 今度は「ブルースプリント」を用いてフロントオフィス側(顧客との接点である現場)とバックオフィス側(それを支えている顧客からは見えない努力)のサービスの流れを具体的に可視化します。このことにより、サービスの全体図を把握できよりサービス全体としての改善を図ることができます。
引用元:Service Design (サービスデザイン)とは何か?
これらの原則に基づいてサービスを設計することで、ユーザーにとって価値の高い、忘れがたい体験を提供することが可能になります。
サービスデザインは、ただ単に機能的な側面だけでなく、感情的な経験やユーザーの満足度にも深く関わるアプローチです。
サービスデザインの歴史
サービスデザインの基礎となる考え方は、1980年代に登場しました。
この時期には、経済が従来の製造業中心からサービス業中心へと移行し始めていました。
この変化は、企業や組織に新たな挑戦をもたらし、製品だけでなくサービスの質にも注目が集まるようになりました。
サービスデザインはおおよそ以下のように進展しています。
初期の発展(1980年代):
サービスデザインは、製品デザインとは異なる専門分野として認識され始めました。
主にビジネスとデザインの交差点で議論され、サービス業の品質向上が主な焦点でした。
アイデンティティの確立(1990年代):
この時代には、サービスデザインは独自の手法とプロセスを開発しました。
カスタマージャーニーマップやサービスブループリントなどのツールが開発され、広く採用されるようになりました。
デジタル時代の統合(2000年代〜現在):
デジタルテクノロジーの進化に伴い、サービスデザインはオンラインとオフラインの統合された体験を提供することに注力しました。
ユーザーエクスペリエンス(UX)デザイン、インタラクションデザインなどの関連分野との融合が進みました。
2004年に国際組織であるSDNが誕生し、2013年には日本支部が設立され啓蒙活動などが行われています。
サービスデザインは、顧客体験を中心に置きサービスを提供する全体的なプロセスをデザインすることで、企業や組織が顧客のニーズに応え競争上の優位性を確立するのを支援しています。
この考え方は、ビジネス戦略、マーケティング、組織開発などの分野とも密接に関連しています。
デザイン思考との関連性
サービスデザインはHCD(人間中心デザイン)やUXデザイン、そしてデザイン思考と非常に似た考えを持っています。
これらは個別の考え方として独立しているのではなく、それぞれが各考え方の一部や全体を包含しているといえます。
今回はその中でもデザイン思考とサービスデザインの関連性について触れておきます。
※デザイン思考とはデザイナーがデザインをする際の思考プロセスをビジネスにも取り入れることで課題解決する手法です。
- ユーザー中心
両方のアプローチは共にユーザー中心という考えを重視しています。 ユーザーのニーズ、問題点、体験を理解することが、それぞれの手法の出発点となります。 - イテレーティブ(反復的)なプロセス
サービスデザインとデザイン思考は、試行錯誤を重ねながら進めるイテレーティブなプロセスを採用しています。 これにより、デザインは柔軟に改善され、ユーザーの要求によりよく応えることができます。 - 多様なスキルと視点の統合
両方のアプローチでは、異なるバックグラウンドを持つ人々が協力し、複数の視点をデザインプロセスに取り入れます。 これにより、より包括的で革新的なソリューションが生み出されます。 - プロトタイピングとテスト
サービスデザインとデザイン思考の両方で、アイデアを実現するためのプロトタイピングとテストが重要です。 これにより、実際のユーザー環境でのアイデアの有効性を評価し、改善できます。 - 問題解決への取り組み
どちらのアプローチも、複雑な問題を解決するための方法として開発されました。 サービスデザインは主にサービス業に焦点を当てていますが、デザイン思考はより広範な問題に適用されます。
これらの類似点を通じて、サービスデザインとデザイン思考は、ユーザー体験を向上させるために、相互に補完し合う関係にあります。
サービスデザインはデザイン思考の手法を取り入れつつ、特定のサービスや顧客体験に焦点を当てたアプローチを採用しています。
サービスデザインのプロセスと方法論
次に、サービスデザインのプロセスと方法論について説明します。
サービスデザインは、ユーザー中心のアプローチを採用し、顧客にとって価値のあるサービス体験を創造するための一連のステップと方法論を含みます。
- リサーチと洞察
ユーザーのニーズ、動機、行動を理解するためのインタビューや観察などのユーザーリサーチをします。 サービスに関わる全ての利害関係者を特定し、彼らのニーズと期待を理解することでステークホルダーの分析をします。
- アイディエーション
ブレインストーミングやワークショップを通じて、新しいアイデアやサービスの概念を創出します。 シナリオ作成やストーリーボードを使用して、様々なアイデアや解決策を視覚化します。
- プロトタイピング
アイデアを具体的な形にするために、簡易的なモデルやシミュレーションを作成します。 プロトタイプは、アイデアを試し、フィードバックを得るための手段として使用されます。
- テストと評価
ユーザーとの対話を通じてプロトタイプをテストし、その効果を評価します。 フィードバックを収集し、改善のためのヒントとします。
- 実装
テストをして改良されたサービスのアイデアを実際の環境で展開します。 実装計画には、サービスの提供方法、必要なリソース、タイムラインなどが含まれます。
- モニタリングと継続的改善
サービスの実施を継続的に監視し、パフォーマンスを評価します。 フィードバックとデータ分析を通じて、サービスの改善点を特定し、継続的な改善を図ります。
サービスデザインのプロセスは非常に柔軟であり、特定のプロジェクトや組織のニーズに応じて調整されることが一般的です。
このプロセスを通じて、ユーザーの期待に応えると同時に、ビジネスや組織の目標も達成することが可能になります。
以上のプロセスはUXデザインプロセスと非常に似ており、両者が非常に似たアプローチをしていることがわかります。
サービスデザインの事例について
サービスデザインはこれまで様々な業界で取り入れられています。 特定の業界でのみ有効な手法ではなく、幅広い業界でサービスデザインの有効性を実感できます。
- 銀行業界の事例
デジタルバンキングの導入:顧客のオンラインバンキング体験を向上させるため、ユーザー中心のアプローチを採用。モバイルアプリの開発:利用者の利便性を重視し、シンプルで直感的なインターフェースを提供。 - ヘルスケア業界の事例
患者中心の病院デザイン:患者とその家族の体験を考慮し、環境を改善。
テレヘルスサービス:リモート医療サービスを通じて、アクセスしやすく便利な健康管理を提供。 - 小売業界の事例
オムニチャネル戦略:オンラインとオフラインのショッピング体験をシームレスに統合。
カスタマイズサービス:顧客の個々のニーズに応えるパーソナライズされた製品やサービスを提供。 - 公共交通機関の事例
ユーザー体験の改善:乗客の旅行体験を向上させるためのシグナリング、案内表示、アプリの導入。
アクセシビリティの向上:障害を持つ乗客や高齢者のためのアクセス改善策の実施。 - 教育分野の事例
学習体験のデザイン:生徒のニーズに合わせたカリキュラムや学習環境の設計。
テクノロジーの統合:教育技術の活用による学習方法の革新と効率化。
これらの事例は、サービスデザインが多様な業界や状況でどのように実践され、顧客満足度の向上、効率化、イノベーションの推進に寄与しているかを示しています。
各事例は、特定の課題に対する独自のアプローチを採用し、ユーザー中心のデザイン思考を活用しています。
日本における具体的な事例については、先に紹介した経済産業省の調査研究報告書に記載があるので気になる方はご覧ください。
現代におけるサービスデザインの役割と重要性
最後に、ビジネス環境にサービスデザインを取り入れることで期待される効果について紹介します。
- 顧客体験の向上
現代の消費者は、単に製品やサービスの機能性だけでなく、提供される体験の質にも高い期待を持っています。
サービスデザインは、顧客の視点から全体的な体験をデザインし、顧客満足度を高めることに重点を置いています。 - デジタルトランスフォーメーションの支援
テクノロジーの進化により、多くの業界でデジタルトランスフォーメーションが進行中です。
サービスデザインは、デジタルと物理的な世界の統合を促進し、新しいデジタルサービスの開発に貢献します。 - 持続可能性と社会的責任
環境や社会に対する意識が高まる中、持続可能で責任あるサービス提供が重要視されています。
サービスデザインは、持続可能性を考慮したサービス開発を促進し、環境や社会に配慮したアプローチを提供します。 - ビジネスイノベーションの推進
競争が激化する市場において、イノベーションは企業の成長と成功に不可欠です。
サービスデザインは、新しいビジネスモデルやサービス戦略の開発に貢献し、市場での差別化を促進します。 - クロスファンクショナルな協力の促進
サービスデザインは、異なる部門や専門分野の間の協力を促し、より統合されたサービスソリューションを生み出すためのプラットフォームを提供します。 - 顧客との関係強化
ユーザー中心のアプローチを通じて、顧客との関係を深め、ロイヤルティを高めることができます。
サービスデザインは、顧客の声を聞き、そのフィードバックをサービス改善に活用します。
現代のビジネス環境において、サービスデザインは単なる一手法ではなく、企業が顧客の期待に応え、持続可能で競争力のあるサービスを提供するための重要な戦略的アプローチです。
まとめ
ここまで紹介したように、サービスデザインは今後のビジネスシーンにおいて非常に有効な手法です。
特に「ユーザー中心」「共創」といった考え方は新たなイノベーションを生み出すための重要な要素です。
サービスデザインを取り入れるには、その考え方を理解し広めることで様々な人が関われるような環境を作り、小さなところから始めることが大切です。
その際に、本記事が少しでも役に立てれば幸いです。
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