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「そんな言い方しなくてもいいのに」には名前がある ― Workplace Incivilityの話

作成者: akinobu.miyamoto|2026年10月13日

はじめに

「それ、意味あるんですか?」

「これくらい言わなくてもやっておいてよ」

こんなこと、職場で言われたことはありませんか?
私はあります(泣)。

明確な暴言というほどではない。ハラスメントと呼ぶには大げさな気もする。でも、なんとなく感じが悪い。

実はこれ、ちゃんと名前がついています。

心理学や組織行動論では Workplace Incivility(職場のインシビリティ) と呼ばれています。

「礼儀正しさ」「丁寧さ」といった意味を持つ civility に、否定を表す in- がついた言葉です。

この概念はAnderssonとPearsonによって提唱され、1999年の論文ではインシビリティを、

「相互の尊重に関する職場の規範に違反した、対象者を害する意図が曖昧な、低強度の逸脱行動」

と定義しています。

めちゃくちゃ硬くて分かりづらい表現ですね……。

ひとつずつ分解してみましょう。


「職場規範の違反」とは?

職場の規範とは、ざっくりいえば「みんなで協力して働くために、暗黙のうちに共有しているルール」です。

たとえば、

  • 連絡をもらったら返事をする
  • 助けてもらったら「ありがとう」と伝える
  • 相手を馬鹿にした発言をしない

などです。

就業規則に書いてあるわけではありませんが、円滑に仕事をするためには必要なものです。


「害する意図の曖昧さ」とは?

ここがインシビリティの少しややこしいところです。

その行為について、

  • 「冗談だった」
  • 「忙しくて返信を忘れただけ」
  • 「率直に言っただけ」

と言われると、「まあ、そういう可能性もあるか……」と思えてしまうような行為です。

成果物に対する必要以上にきつい指摘や、Slackで何度も無視する、といった行為も該当する可能性があります。

つまり、相手を傷つけようとしたのかどうかが、はっきりしないのです。


「低強度」とは?

暴力や脅迫のような行為は、強度の高い攻撃行動です。

それに対してインシビリティは、嫌味、見下した言い方、ぶっきらぼうな態度、配慮のない振る舞いなど、比較的軽微なものを指します。

ただし、「低強度」というのは行動の分類上の話です。

受け手が感じるダメージまで小さい、という意味ではありません。


あらためてインシビリティとは?

まとめるとインシビリティとは、

「悪意があるのかまでは分からないけれど、職場でお互いを尊重するというルールから少し外れた、ちょっとした無礼」

くらいに考えると分かりやすいかもしれません。

そして興味深いのは、インシビリティによって嫌な思いをするのは、直接言われた本人だけではないということです。

それを見ていた人や、場合によっては無礼な言動をした本人にも不利益が及ぶことが研究されています。

Porath & Erez(2009):無礼を「見ただけ」の人にも影響する?

PorathとErezは、無礼な言動を直接受けた本人ではなく、その場面を目撃した第三者への影響を実験しました。


ケース1:遅刻者が叱責される

参加者の前に、わざと遅刻してくる人物を登場させます。

一方のグループでは、実験者が遅刻者に対して、

  • 「無責任だ」
  • 「そんなことで社会に出てまともに仕事ができると思うのか」

と強い口調で叱責しました。

もう一方では、遅刻者に対して淡々と「すでに実験が始まっているので参加できない」と伝えます。

参加者本人は何も言われていません。

ただ、そのやり取りを横で見ているだけです。


ケース2:同僚同士で暴言を吐く

別の実験では、参加者たちに簡単な同意書を読んでもらいます。

そこに二人のサクラを混ぜ、一人がわざとゆっくり同意書を読み、全員を待たせます。

無礼条件では、もう一人のサクラが、

  • 「何にそんな時間がかかっているんだ?」
  • 「馬鹿なのか?」
  • 「字も読めないのか?」

といった暴言を吐きました。

対照となるグループでは、待たされる状況は同じですが、暴言はありません。

そして両方の実験で、その後に参加者へ、

  • アナグラム問題
  • 「レンガの使い道をできるだけ多く考える」という創造性課題

を行ってもらいました。

結果、無礼なやり取りを目撃したグループのほうが、課題の成績や創造性が低下しました。

さらに、「今回の実験とは別の調査にもボランティアで協力してもらえますか?」と尋ねると、無礼を目撃したグループでは、協力する人の割合も低下しました。

つまり、

自分が怒られていなくても、近くで嫌なやり取りを見るだけで、頭の働きや他人を助けようとする行動に影響する可能性がある

ということです。

これ、Slackを使う職場だと少し気になります。

オープンなチャンネルで誰かに刺々しい返信をした場合、やり取りをしているのは二人でも、それを見ている人はもっとたくさんいるからです。

Reich & Hershcovis(2015):無礼な人は周囲からどう見られる?

もう一つ面白い研究があります。

こちらでは、無礼なやり取りを目撃した第三者が、無礼な言動をした人をどう評価するのかが調べられました。

実験は3人1組で行われました。

ただし、本物の参加者は一人だけ。

残りの二人は、実際にはプログラムによって動く架空のメンバーでした。

Slackのようなオンライン上のやり取りで、3人でブレインストーミングを行います。

無礼条件では、一人のメンバーがもう一人のアイデアに対して、

  • 「すごく退屈だ」
  • 「もっと価値のあることを提案したら?」

といったメッセージを送ります。

対照条件では、穏やかなやり取りが行われました。

その後、参加者は、

  • 「この人と今後一緒に働きたいか」
  • 「仕事のアシスタントとして推薦したいか」

といった評価を行いました。

すると、無礼な発言をした人物は、仕事上の評価を低くつけられました。

さらに参加者には、かなり面倒な英数字入力タスクを一度体験してもらいます。

その後、残っている12個の入力タスクを3人のメンバーに自由に割り振ってもらいました。

この割り振りは他のメンバーには知られません。

すると無礼な発言をした人物には、より多くの嫌な作業が割り振られる傾向がありました。

つまり、無礼な言動は相手を嫌な気持ちにさせるだけではありません。

無礼な言動をした人自身も、周囲からの評価や扱われ方に影響を受ける可能性があります。

小さな無礼も、二人だけの問題ではない

ここまで紹介した研究は、実験室など一定の条件下で行われたものです。

参加者も実際の職場で長期間一緒に働いている人たちではありません。そのため、「Slackで少しきつい言い方をしたら、必ずチームの生産性が下がる」といった形で、実験結果をそのまま実際の職場に当てはめることはできません。

それでも、今回の研究から考えられることがあります。

それは、無礼な言動の影響は、言った人と言われた人の二人だけで完結するとは限らないということです。

Porath & Erez(2009)の実験では、無礼なやり取りをただ見ていただけの人にも、課題の成績や創造性、他者を助けようとする行動への影響が見られました。

Reich & Hershcovis(2015)の実験では、無礼な言動をした人自身も、周囲から仕事上の評価を下げられたり、より多くの嫌な作業を割り振られたりしました。

ITの仕事では、Slack、コードレビュー、GitHubのコメント、チケットなど、他の人から見える場所でコミュニケーションする機会が多くあります。

たとえば、ある人への返信として、

「それ、意味あるんですか?」

と書いたとします。

やり取りをしているのは二人ですが、そのメッセージを読む人は二人とは限りません。

直接言われていない人でも、

「ここでは質問しづらそうだな」

「この人にレビューをお願いするのはちょっと怖いな」

と感じるかもしれません。

もちろん、仕事では間違いを指摘したり、反対意見を伝えたりする必要があります。

大事なのは、「何を伝えるか」と「どう伝えるか」は別の話だということなのだと思います。

インシビリティは、ハラスメントや暴力ほど目立つものではありません。

だからこそ、

「これくらい大したことではない」

「悪気はなかったから問題ない」

として流されてしまいやすいものでもあります。

でも、ちょっとした言葉や態度が、目の前の相手だけでなく、それを見ている人や、場合によっては自分自身にも影響するかもしれない。

そう考えると、

「この言い方を、やり取りとは関係のない第三者が見たらどう感じるだろう?」

と、ときどき考えてみるくらいがちょうどいいのかもしれません。

参考文献

  • Andersson, L. M., & Pearson, C. M. (1999). Tit for Tat? The Spiraling Effect of Incivility in the Workplace. Academy of Management Review, 24(3), 452–471.
  • Porath, C. L., & Erez, A. (2009). Overlooked but Not Untouched: How Rudeness Reduces Onlookers’ Performance on Routine and Creative Tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 109(1), 29–44.
  • Reich, T. C., & Hershcovis, M. S. (2015). Observing Workplace Incivility. Journal of Applied Psychology, 99(2), 203–215.